響の言葉
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最後の教室
2012年 09月 06日 |
現代アートには六本木や銀座など都会のイメージがつきまといますが、
都会から遠く離れた自然の中に置かれても、決して違和感はありません。
おそらくアート作品の中に場所とリンクする何かが含まれている。
そもそもアーチストがそのようなコンセプトで作品を作っているからだと思います。

トリエンナーレでは、廃屋や廃校になった小学校を利用した作品がたくさんあります。
その中でもクリスチャン・ボルタンスキーの「最後の教室」は圧巻でした。
政府の減反政策などの影響で過疎化した村の小学校。
体育館(講堂?)に入ると真っ暗で何も見えない。
そのうち目が慣れて長椅子の上に置かれたたくさんの扇風機が回っているのに気づきます。
入学式や卒業式、学芸会やドッジボール大会もここで行われたのでしょう。
さんざめく子供たちの笑い声が聞こえてくるような気がします。
そこにあるのはまぎれもない「時間」でした。
時間を超えて私たちの胸に何かを訴えかけてくるものがあります。
職員室、保健室などを左に見ながら暗い回廊を歩き、階段を上ると、
理科室でしょうか、室内では心臓の鼓動の音とともに光が明滅しています。
まさに「夜の教室」忘れ物を取りに一人夜の学校へやってきた生徒の心臓の音が増幅されたようなイメージです。
私たち日本人はほとんどが小学校に通います。
共有する共通のイメージが鑑賞する人々の心を結び合わせているような気がします。
透明なケースが整然と置かれ、白いシーツが敷き詰められた部屋。
かつてここで授業が行われ、生徒や先生の声が鳴り響いていた。
リコーダーや合唱の声が回りの民家に風に乗って届いていた。
せつなく、息苦しくなるような思いでいっぱいになります。
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by hanakannzasi-716 | 2012-09-06 13:27 | アート | Comments(0) |
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