響の言葉
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モーリス・ユトリロ展
2010年 06月 06日 |
久しぶりに西新宿の損保ジャパン東郷青児美術館へ。
ユトリロは日本人に人気のある画家ですが、
その人生はちょっと可哀そう・・・と思ってしまうほど薄幸なのです。
母親は画家でモデルのシュザンヌ・バラドン。
恋多き母親で、父親はいまだにわからないとか。
DNA鑑定とかできないんだろうか?と歯がゆく思うほどです。
彼女は多くの有名な画家との付き合いがあったそうなので、
ルノアールの子どもという可能性もゼロではないと思うのですが・・・
仕事と恋に夢中な母親から充分な愛を得られず、
アルコールが好きな祖母に育てられたせいで、
十代の頃からアルコール依存症に苦しめられ、
その治療の一環として、絵を描き始めます。
建物の壁の白さに魅せられ、ひたすら漆喰の白を表現した「白の時代」
絵ハガキを利用して線遠近法を使い、
くっきりした線と鮮やかな色彩で街を描いた「色彩の時代」
いずれも魅力的ですが、私は色彩の時代の絵のほうが好きです。
母バラドンは結婚を繰り返し、挙句の果てにユトリロの友人と結婚。
しかもユトリロよりも3歳下!!
母の結婚相手はユトリロを幽閉?して管理し、
どんどん絵を描かせて稼がせ、ユトリロ母と贅沢を楽しみます。
そんな母でもユトリロにとっては女神のような存在。
母とジャンヌダルク(なぜ?)を生涯崇拝し、
生身の女性には嫌悪感を感じていたらしいです。
色彩の時代にはやたらと腰が張った女性を絵の中に描いているのですが、
ユトリロ独特の女性観をあらわしているとも言われます。
そしてそして、
50歳を超えてからついにユトリロ本人も結婚するのですが、
なんと63歳の女性!!
彼女もユトリロを管理し、どんどん絵を描かせたようで、
彼は絵画生産マシーンとして、
絵とアルコールにまみれた人生を送ったようです。
その絵には人間の匂いは薄く、
また、自然を描くことも少なく、
ひたすら街・街・街・・・
同じ場所を何度も描いたこともあり、
展覧会の会場をぐるぐる回りながら、
あれ?この絵さっき見た?
ここまだ見てなかったっけ?
と、混乱しながらの鑑賞となりました。
エコール・ド・パリの画家の一人として位置づけられながら、
同時代の有名な芸術家たちとはほとんど接点を持たないまま、
孤独な人生を送ったユトリロなのでした。
by hanakannzasi-716 | 2010-06-06 22:13 | アート | Comments(4) |
Commented by 一村雨 at 2010-06-07 07:17 x
モディリアーニのように、情熱的に生きて、名声と無縁の短い生涯を終えるか、ユトリロのように管理束縛されながらも、長寿と名声を得るのと、どちらが幸せなのかなぁと考えてしまいます。
Commented by waku59 at 2010-06-07 20:19
街が好きだったのでしょうね…。

人物には興味なかったのかな…。
とっても孤独だったのでしょうね。
Commented by hanakannzasi-716 at 2010-06-08 22:24
一村雨さま。今回の展覧会でユトリロの人生について知ることができました。
まさか管理されていたとはびっくりです。
でもほっておかれたら、のたれ死んでいた可能性もありますね^^
Commented by hanakannzasi-716 at 2010-06-08 22:28
ワクさん、街の建物の壁の漆喰が好きだったらしいですよ。
一生を通してひとつのものを追いかけ続けた人生だったのですね・・・
人間は目鼻もなく、背景の一部としてしか描かれていません。
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