響の言葉
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2010年 06月 21日 |
4月いっぱいでやめたスポーツクラブ。
最終日29日に参加したヨガは渥美先生のクラスでした。
渥美先生が日本画を描いていること、ブログを持っていること。
その時に初めて知りました。
というのは、私は普段土・日のクラスに参加していたので、
先生のクラスにはあまり参加したことがなかったのです。
こういうのを出会いというのでしょうね!!

先日の土曜日、アミュー立川で行われている展覧会で、
渥美先生の絵を観てきました。
そして先生にもお会いしてきました。
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素敵な絵でしょう?
エネルギーを感じませんか?
プラーナ=生命のエネルギーを表現しているのだそうです。
私はこの絵がとっても好きになりました。
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鉄線を描いたこの大作は何カ月もかけて描いたそうです。
ヨガのインストラクターとしての仕事と絵を描く仕事、
両立させるのは大変なことだと思います。
「子育てしている頃は本当に大変でした」
「え?お子さんがいらっしゃるのですか?」
「はい、二人とも大学生になりました」
「え~~?!!!」
びっくりびっくり(笑)
だって渥美先生、とても大学生のお子さんがいらっしゃるようには見えないんですもの・・・
とても綺麗で妖精のようなイメージの先生。30代くらいだと思い込んでいました^^
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私は4年前にヨガと出会いました。
スポーツクラブをやめた後は、
毎日寝る前にヨガをしています。
相変わらず身体はかたいのですが^^
私にとってヨガは毎日の生活と切り離せないものになりました。
渥美先生との出会いも、決して偶然ではないような気がしています。
by hanakannzasi-716 | 2010-06-21 22:35 | アート | Comments(4) |
2010年 06月 14日 |
せっかくの初めてのデート
なのに5分も遅刻するなんて!!
私ってダメダメです・・・

飯田橋駅西口改札
心の中で何度も思い描いていた彼女は
そよ風のように軽やかで綺麗な人でした。

さら子さん、はじめまして!!
私が響です。
こんな私ですけど、とにかくこんな私です(笑)
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まずは神楽坂の素敵な和カフェでランチ。
昼間のビールは本当に美味しいね!!
ブログのことや子どものこと、仕事のこと・・・
さら子さんと私は同世代。
父母の出身が北海道であることや、
編集の仕事に関わっていたことなど、
意外に共通点が多いことに驚きました。
カフェに貼ってあった石野真子コンサートのポスター
彼女もほぼ同じ世代のはず。
相変わらず若々しくてびっくりだね~~なんて^^
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和カフェを出て、神楽坂界隈をお散歩。
裏道はまるで迷路のようで、石畳の路地を抜けると、
そこここに料亭や素敵なお店。
私は東京に住んでいながらその魅力を何も知らないのだなぁ・・・と
思い知らされました。
さら子さん、案内してくださってありがとう。
風が強くなってきました。湿った風です。
明日あたりはいよいよ梅雨入りかな?
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「おまんじゅうの美味しいお店があるのよ」
とさら子さん。
小さな間口を入り、靴を脱いで急な階段を上ると、
いきなり30年ほどタイムトラベル。
普通のお家にちょっとお邪魔します、という感じで
草茶とよもぎチーズまんじゅうをいただきました。
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なすびさんのことも話しました。
私が北海道旅行でなすびさんに会ったのは2008年の夏。
そしてさら子さんもことしの冬になすびさんと会いました。
3人で会ったことはないけれど、
なすびさんが私とさら子さんに会い、
私はなすびさんとさら子さんに会い、
さら子さんはなすびさんと私に会ったのです。
なすびさん、あなた今度は上京して私たちに会うべきよ(笑)
何だか不思議な縁だね~~

さら子さん、今度は是非吉祥寺で会いましょうね。
素敵な通りやお店など、それまでに研究しておきますから^^
ではではまたね!
今回はお誘いありがとうございました。
嬉しかった!
いつでも会えると思っていても、
行動を起こさなければ会わないままだものね。
数あるブログの中でこうしてつながったこと、
幸せに思います。
by hanakannzasi-716 | 2010-06-14 22:17 | | Comments(5) |
2010年 06月 06日 |
久しぶりに西新宿の損保ジャパン東郷青児美術館へ。
ユトリロは日本人に人気のある画家ですが、
その人生はちょっと可哀そう・・・と思ってしまうほど薄幸なのです。
母親は画家でモデルのシュザンヌ・バラドン。
恋多き母親で、父親はいまだにわからないとか。
DNA鑑定とかできないんだろうか?と歯がゆく思うほどです。
彼女は多くの有名な画家との付き合いがあったそうなので、
ルノアールの子どもという可能性もゼロではないと思うのですが・・・
仕事と恋に夢中な母親から充分な愛を得られず、
アルコールが好きな祖母に育てられたせいで、
十代の頃からアルコール依存症に苦しめられ、
その治療の一環として、絵を描き始めます。
建物の壁の白さに魅せられ、ひたすら漆喰の白を表現した「白の時代」
絵ハガキを利用して線遠近法を使い、
くっきりした線と鮮やかな色彩で街を描いた「色彩の時代」
いずれも魅力的ですが、私は色彩の時代の絵のほうが好きです。
母バラドンは結婚を繰り返し、挙句の果てにユトリロの友人と結婚。
しかもユトリロよりも3歳下!!
母の結婚相手はユトリロを幽閉?して管理し、
どんどん絵を描かせて稼がせ、ユトリロ母と贅沢を楽しみます。
そんな母でもユトリロにとっては女神のような存在。
母とジャンヌダルク(なぜ?)を生涯崇拝し、
生身の女性には嫌悪感を感じていたらしいです。
色彩の時代にはやたらと腰が張った女性を絵の中に描いているのですが、
ユトリロ独特の女性観をあらわしているとも言われます。
そしてそして、
50歳を超えてからついにユトリロ本人も結婚するのですが、
なんと63歳の女性!!
彼女もユトリロを管理し、どんどん絵を描かせたようで、
彼は絵画生産マシーンとして、
絵とアルコールにまみれた人生を送ったようです。
その絵には人間の匂いは薄く、
また、自然を描くことも少なく、
ひたすら街・街・街・・・
同じ場所を何度も描いたこともあり、
展覧会の会場をぐるぐる回りながら、
あれ?この絵さっき見た?
ここまだ見てなかったっけ?
と、混乱しながらの鑑賞となりました。
エコール・ド・パリの画家の一人として位置づけられながら、
同時代の有名な芸術家たちとはほとんど接点を持たないまま、
孤独な人生を送ったユトリロなのでした。
by hanakannzasi-716 | 2010-06-06 22:13 | アート | Comments(4) |
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